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2009年04月22日

そう言えば あの頃から

自分の上にずっと重い“何か”が…

私が25歳の丁度 今時分 師匠に呼び出され
「これから 料理長として…自分は皆にどう呼ばれたい?」
その頃の記憶が今でも鮮明に。

料理人として7~8年目 職人の世界では
25の若さで“おやっさん”になる事なぞ有り得なく

「流石にこの年齢で“おやっさん”も何ですから…
せめて“チーフ”の呼称で宜しいですかね?」と

(普通に名前呼びでいいやんか…)と思うも
そういう格式にも拘る世界なんです

時はまだバブルの最中 当時“大阪の銀座”と
誉高い宗右衛門町通りにある雛懐石の名店で
自分が?まさか…と最初 耳を疑いましたが

1人前になるのに早くて10年 普通でもっと…と
言われる私達の世界で まあ期待も込めて と
師匠方のありがたい配慮だったと 今でも恩義に感じます

ただ 人の上に立つ“人間”としてはまだ若過ぎた…
憧れの若き料理長 として世間が思う事実とは全く異なり
恐ろしく厳しい「責任と結果」と葛藤の毎日でした

確かに 「役職は人を育てる」の諺通り 厳しい中から
得たものも計り知れません
自分の中でいつも「負けてはいけない」「一門の名を
汚してはいけない」そんな重圧と闘う日々が続きました

一流 という言葉に憧れる反面 逆に恨めしい気持ちも
所詮 田舎者には荷が重かったのかなあ?(笑)
そんな葛藤が未だに自分自身の中にあり

独り大海原へ出るも何処でも“おやっさん”とは呼称させず
“店長”の名前に固執した経緯で今に至ります
充分自覚してますが 未だ人間としては若過ぎるからです

自分で商売をして 本来なら好き勝手に?やりたい事を
愉しむ筈が その呪縛から中々解き放たれず…

しかし この転機に1回 思考をリセットして
素の自分に近づいてみようかなあ…とも

小心者で いらちで 飽き性で 落ち着きが無く
何事も長続きした試しが無い自分ですけどね(笑)
あ あと以外に泣き虫だったり(汗

まだ40だもの 今流行りのテレビドラマや服装などに
今更興味は持てませんが せめて若者らしく…
何か パーッと弾ける様な事がしてみたい♪
こんな事 師匠の前で流石に言えませんけどね(汗

考えれば不思議なもので…暴走族かバンドマンに
なると思いきや 堅気の料理人をしている自分が未だに
不思議で仕方ありません(笑)

つらつらと独り言でした♪

投稿者 wasabi-ya : 2009年04月22日 16:18

コメント

修業中のお話もなかなか奥深いものがありますね

投稿者 saladman : 2009年04月23日 07:19

>さらださん 少しずつ“回想場面”で紹介していますが。何時か自処伝みたいな形になったら…(笑)

投稿者 たけ : 2009年04月24日 14:41

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